歴史

初代(1972年-1979年)

1972年7月、初代シビックは当初は英国のMiniのような独立したトランクを持った2ドア2ボックススタイルでデビュー。エンジンは1169ccで60馬力を発生した。トランスミッションは4MTと2速ホンダマチックが用意された。
1972年9月、3ドアハッチバックモデルであるGLが追加された。馬力は9馬力アップの69馬力となった。
1972年12月13日、低公害技術CVCCを搭載したモデルを追加。その1年後の1973年12月にはユーザーから要望の高かった4ドア(ただし、2ボックススタイル)を追加。
1974年10月、シビック初のスポーツモデル、1200RSがラインナップに追加。5速MTが装備され馬力は76馬力まで上げられた。ホンダは"RS"は「レーシングスポーツ」等ではなく「ロードセーリング」の略だとしている。これは当時スポーツモデルが認可されにくく、お役所の睨み回避との説がある。これはストリームのRSZにも関係している。
1975年8月、全車CVCCエンジン化されてRSグレードは廃止。RSの後継グレードとして1500RSLが登場した。
発売されるやいなや、国内外とわずマーケットでセンセーションを起こし、ホンダ始まって以来の大成功をおさめた。国内においては、トヨタ・クラウンや日産・スカイラインなどに乗っていたユーザーをシビックに鞍替えさせるという珍現象が発生した。シビックの人気はその後も衰えず、第4次中東戦争が原因で起こった1973年の第一次オイルショック、マスキー法が発端で起こった排ガス規制が追い風となって、国内のみならずアメリカでも大ヒットを飛ばし、ホンダ1300の大失敗で、命運が危うくなっていたホンダ四輪の危機を断ち切ることに成功した。

2代目(1979年-1983年)

2代目“スーパーシビック”(ホンダコレクションホール所蔵)
カントリー1979年7月、2代目通称「スーパーシビック」にモデルチェンジ。なまじサイズを大きくしてしまったために、輸出先のアメリカでは「狭い」という逆の評価をされてしまった。初代モデルでは、後席は人間が乗る場所ではなく、荷物置き場と割り切って使われていた。
1980年1月にはバンをベースとしたシビックとしては初のステーションワゴンとなる「シビックカントリー」(オルティアの先祖にあたる)、また同年9月にはシビックとしては初の本格的な3ボックス・ノッチバックスタイルの4ドアセダンが追加。
通常モデルが80馬力のところを85馬力にチューンナップしたホットモデル「CX」画登場した。CXはオーバーライダー付きバンパーとオレンジ色の専用外装色も相まって人気となる。初代プレリュードから引き継がれた、速度計と回転計を同軸に統合した「集中ターゲットメーター」を装備し、これも話題となった。オーバーライダー付きのモデルは全長が4.0mを僅かに超え、フェリー料金に差を生ずる事となった。
このモデルからワンメイクレース「シビックレース」が開催されるようになった。

3代目(1983年-1987年)

3代目“ワンダーシビック”(ホンダコレクションホール所蔵)1983年9月、この車のボディーの特徴である「マン・マキシマム・メカ・ミニマム」の設計哲学のもと、3代目通称「ワンダーシビック」にモデルチェンジ。CMソングにルイ・アームストロングの"What a Wonderful World"を起用した。日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。
1984年11月に追加された1600cc DOHCの"ZC"エンジンを載せた活発なモデル「Si」はレースの世界でも活躍。走りのよさから若者や走り屋から好評を得た。またこのグレードのボンネットはS800以来のパワーバルジ付になっている。
1984年3月、5ドアハッチバック「シャトル」が登場。1984年11月にパートタイム4WDモデルが追加設定され、1986年9月にはビスカスカップリング式リアルタイム4WDに進化した。ちなみにヘッドライトが1300ccと1500cc以上とは形状が違う1300cc(23Lなど)はライトが引っ込んでいる。
TBSドラマ「金曜日の妻たちへU 男たちよ、元気かい?」の小山夫妻演じる小西博之と岡江久美子の愛車として登場。これは当時、ホンダが金曜ドラマのスポンサーだったためである。

4代目(1987年-1991年)

前期

1987年9月、4代目通称「グランドシビック」にモデルチェンジ。
このころから国内グループAレースでトヨタのカローラレビン・スプリンタートレノとの戦いが激化し、市販モデルもパワー競争が激化。

後期

1989年9月のマイナーチェンジ。ボディラインナップは先代同様、3ドア・4ドア・5ドア(シャトル)の3種類。5ドアのシャトルはマイナーチェンジを繰り返しながら、5代目→6代目と並行して1996年2月まで販売された。
先にDA型インテグラに搭載されていたB16A型 1,600cc DOHC VTECエンジンがついにシビックに移植された。当時1,600ccクラス最高の160psを誇った。このエンジンを搭載したグレード名は「SiR」となった。
若干のフェイスリフトが行われ、このころのホンダのトレンドに沿いフロントのウィンカーが拡大され白くなった。
セダンはライトが細目になりハッチバックとはデザインが異なる。
シャトルに関してはデザイン面では変更は無かった。
「Si」のボンネットのパワーバルジは削除された。これはボンネット中央部と両フェンダー部の関係を従来の凹から凸としたためである。

5代目(1991年-1995年)

5代目“スポーツシビック”(EG型)1991年9月、5代目通称「スポーツシビック」にモデルチェンジ。外見上のデザインは、ヒラメをモチーフにしたと伝えられる。
型式名E-EG。B16A型 DOHC VTECエンジンは170ps(AT車は155ps)に強化された。また新開発のVTEC-Eエンジン(リーンバーンエンジン)を搭載した低燃費指向のETi、SOHCで吸気のみ可変のVTECエンジンを搭載したVTiというグレードが登場。
日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。
1992年にシビック20周年記念車としてZCエンジンを搭載したSiが限定発売された。
このモデルからホンダオブアメリカ生産のクーペ(E-EJ1型:国内では生産されていない1.6LシングルカムVTECエンジンD16A<130ps>を積んでいた)モデルが用意され、少量ではあるが日本にも輸入されている。今も、スポーツコンパクトのベースに好まれる。この「シビック・クーペ」のCMは映画「スパイ大作戦」のサントラ盤をBGMとし海外の海の上の吊り橋の道が渋滞している、という設定のCMであった。
ハリウッド映画「ワイルドスピード」に登場したこともスポーツコンパクトファンの心を掴んだ一因となっている。セダンはこのモデルからシビックフェリオとなった。フェリオにはジョディ・フォスターがCMに出演した。
ちなみにEL、ML、MXとVTIなどボディーが違う。乗車定員も5人乗りと4人乗りである。

5ドアのシャトルは先代のまま継続生産。

6代目(1995年-2000年)

前期

1995年9月、6代目通称「ミラクルシビック」にモデルチェンジ。
型式名E-EK。
日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。
主力モデルの3ドアVTi/フェリオViのエンジンは、従来のVTECとVTEC-Eを統合し、低燃費高出力を実現させた3ステージVTECに進化し、オートマチックトランスミッションは、ホンダマルチマチック(HMM)と呼ばれるCVTが搭載された。
5ドアのシャトルは先々代のまま継続生産され続けたが、1996年2月にオルティアにバトンを渡し、生産を終了した。
1997年8月に追加されたタイプRでは、排気量は1600ccのままながらついに185psを発生するに至った。
クーペモデル(EJ7型)は先代同様逆輸入扱いで国内販売もされた。
初期モデルのCMには松雪泰子(その後、日産・プレセアのCMに出演)のほか、レオナルド・ディカプリオ(3ドア、後にトヨタ・プリウスのCMに出演)やレイ・チャールズ(フェリオ)が出演していた。

後期

新排ガス規制に対応したため型式が変わり、GF-EK型となった。
外観はヘッドライト・フロントバンパーの形状変更、室内ではオーディオスペースが前期の1DINサイズから2DINに拡大されたのが特徴。メカニズム的には大きな違いは無い。
1998年、環境に優しいCNGを燃料とするフェリオベースのシビックGX (シビッククーペと同様、米国で生産される) が販売開始。

7代目(2000年-2005年)

7代目シビック2000年9月、7代目にモデルチェンジ。
型式名は5ドアはEU、4ドアフェリオはES。当初背の高い5ドアモデルとフェリオのみのラインナップとなった。なお、主に米国向けにクーペ(EM型)、欧州向けに3ドア(EP型)が存在している。 キャッチコピーは「We Can Change」。CMソングはエミルー・ハリス(Emmylou Harris)の「Together Again」 この7代目シビックは日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。

2000年12月に追加されたタイプR(EP3型)は、英国から輸入されて販売している。
基本は、インテグラタイプR(DC5型)と同じ2000cc K20A i-VTECエンジンを搭載しているが、排気系の取り回しの関係上、出力は5ps低い215psとなっている。また、インテグラタイプRに採用されているブレンボ社製のブレーキ・キャリパーは、シビックタイプRに設定されていないが、インテグラタイプRよりも制動距離が短いのは驚きだ。加速も電動アシストパワステによりインテグラタイプRと同等といえる。 なお、このモデルが登場した翌年に、長年ライバルであったカローラレビンとスプリンタートレノは絶版となった。

2001年12月にはハイブリッドカーであるシビックハイブリッド(ES9型)が発売された。2004年12月現在、5ナンバーでコンパクトでオーソドックスなセダン外観のガソリン電気ハイブリッド乗用車としてはシビックハイブリッドが日本で唯一のモデルである。専用エアロパーツ、専用アルミホイールなどを装備する。なお米国ホンダはシビックハイブリッドに加え2004年12月10日から第二弾・アコードハイブリッド(ここでいうアコードとは、日本でのインスパイアにあたるもの)を発売開始している。
2003年9月、マイナーチェンジを受け、ボディ前後のデザインが変更され、見た目の腰高感が薄まった。また5ドアにもフェリオ同様にスポーツモデルが用意され(反対にフェリオはスポーツモデルが廃止)、マニュアルシフトができる7速CVTが採用されている。またこのマイナーチェンジで5ドアからD15B型1500cc・115psと105psのモデルが消滅し、D17A型1700ccVTECエンジン・130psに一本化された。走り志向のXSではトレッドが広げられ、16インチとなりホイールハブが5穴に変更され、EU系の5ドアで初めて4輪ディスクブレーキが採用された。
7代目シビックは先代モデル同様に世界的なベストセラーであったが、日本国内での販売はフィット登場以降は芳しくないものであった。

8代目(2005年9月-)

シビック5ドア(欧州仕様、日本未発売)2005年9月22日にフルモデルチェンジを行った。元々トヨタ・カローラや日産・サニー、パルサー(現在のティーダに相当)などの小型乗用車(特に4ドアセダン)と対抗していたが、アコードがアッパーミドルセダン(ノッチバック)へ移行したことからミドルセダンへとクラスアップした。また全幅は最近のワイド化の流れにのって1755mmと3ナンバーサイズとなった。これにより、ホンダが発売するコンパクトセダンはフィットアリアのみとなった。そのため競合車種も永年のライバルであったカローラシリーズ、ティーダラティオ等はもちろん、かつてアコードの競合車種であったトヨタ・プレミオ(コロナ)やアリオン(カリーナ)、ブルーバードシルフィといったミドルセダンとも競合することとなった。
7代目の5ドアハッチバックが販売不振だったこと、カテゴリがフィットと同じであるため、日本ではハッチバックが廃止され4ドアセダンのみの販売となった。そのため、5代目から続いていた『フェリオ』というセダン用サブネームは消滅した。
エンジンは新開発のR18A型1,800cc i-VTECエンジンとLDA型1,300cc 3stage i-VTECのハイブリッドエンジンを搭載。
2006年4月6日にはアコードに搭載されているK20A型 DOHC i-VTEC 2,000ccエンジンが追加された。
R18A型エンジンは、VTECにより部分負荷時に吸気バルブを遅閉じするミラーサイクルを採用し、従来のD17A型エンジンよりも低燃費を実現している。 スピードメーターとタコメーターを分割した「マルチプレックスメーター」が特徴的なデザインである。

ミッションは、1,800ccはクラス初の5AT(1.8Gには5速マニュアル車も設定)、ハイブリッドはCVT、2,000ccは5ATにマニュアル感覚でギアが5段階選択できるパドルシフトを搭載したSマチックを採用している。

CMでのキャッチコピーは「エコに、パワーを」で、CMソングとしてエルビス・プレスリーの「Can't help falling in love」のオリジナルバージョンを使用している。

なおヨーロッパにおいては、N22A型 DOHC i-CTDi 2,200ccのディーゼルエンジンを搭載した5ドアハッチバックのシビックが売られており(日本にはない)、人気を博している。

2006年9月28日マイナーチェンジ。2.0GLにクルーズコントロールを、1.8GLにパドルシフトを標準装備。ハイブリッドにスポーツモデルMXSTを追加設定。
2007年3月28日には、225psのK20A型 DOHC i-VTEC 2,000ccエンジンと専用スポーツサスペンションを搭載したタイプRが復活。

Si

北米市場向けにはクーペにSiというグレードを設定している。これは197馬力(147kW) のDOHC i-VTECエンジンを搭載し、トランスミッションは6MTと組み合わせられる。また2006年2月8日に「シビックSiセダンコンセプト」をシカゴオートショーで発表した。これはクーペSiと同様の仕様のセダンである。2006年秋に「シビックSiセダン」として北米で発売された。